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暗く、乾いた部屋





 無言でいればいいのか、処理をしている時は困る。
 結局なにも言わないで素早く済ませ、傍らにいる彼女のもそっと処理してやる。
 汚いというのではなく何だろう。見てはいけないような、恥ずかしいような白い包み紙。それを布団の脇、畳の上に置き、しばらく忘れることにした。
 左腕をのばすと彼女が寄ってくる。当たり前のようにそこへ頬をのせてきては小さな呼吸を繰り返す。
 布団の中は熱く、乱れたシーツも湿っていた。外には脱ぎ散らかした浴衣や帯。
 暗闇に目は慣れてしまっていた。顔を合わせると互いに微笑んでしまう。二回三回と軽くキスを交わし、ゆっくりと抱きしめ合う。
 名を呼ばれ、うん? と返事。
 すごい汗かいてるねと囁かれた。
 そりゃあな。とは返さず、じとりとした手で向こうの背中をつうと撫でてやる。
 腕の中で、彼女がとろんと笑った。
 途中までアメリカンフットボールの試合がテレビで流れていたが、うるさくなって消してしまった。結果がどうなったか気になるところではあるが、もう一度テレビをつける気にはなれない。彼女を抱きしめたまま、テレビのリモコンはそのまま放っておこう。枕の向こう。畳の上に。
 すごい汗かいてると言ってきたくせに、もぞもぞと足をからめてくる。
 黙ってそうさせておいた。彼女の足は熱くも冷たくもない。
 あした、どうしよう。何時に起きる?
 思い出したように彼女が囁く。首にぶつかってくる吐息。
 そうだなぁ。と返す。
 朝メシって何時から何時までやってんの? なんて書いてたか覚えてる?
 七時から九時半だって。
 あー、九時半まで。どうすっかなぁ。したら八時半にメシ食いに行くか。
 じゃあ、そっちは八時に起きる? 三十分もあれば用意できるでしょ。どうする?
 え? なに? お前も一緒に起きんでしょ。
 あたしは少し早く起きてお風呂入る。髪とかぐちゃぐちゃだと思うし。ね、悪いんだけど六時に目覚ましかけてもらっていい? そっちの携帯のが音が大きくてすぐ起きれそうだから。
 あ? 六時? そんな早く起きるの? 髪洗うだけで?
 あ、ここのシャワーじゃなくて、大浴場のお風呂に入りたいの。せっかく泊まりにきたんだし、もう一回ゆっくり。
 ああそっか。
 一緒に起きてお風呂入りに行く?
 や。俺はいい。寝てる。俺はそこのシャワーでいい。
 そう? 本当にいい?
 いい。
 じゃああした、お風呂から戻ってきたら起こしたげる。
 うん。
 
 
 呼吸はもとに戻っていた。
 右手を布団からにゅっと出し、枕の向こうにあるはずの携帯電話をさがす。すぐに指にぶつかった電話機は硬く、冷たい。一方で左の肩にはやわらかく、温まった頬。
 腕枕をしたまま携帯電話をつかむ。ふたをあけるなり眩しく光ったディスプレイ。もうすぐ二時。
 左肩に向かい、あと四時間しか寝れないぞ、大丈夫か? と伝えればもぞもぞと動く頭。長く伸びた髪の毛もそれについていく。うん、と漏らされた弱い声。
 ポクポクとボタンを押して目覚ましをセットした。
 06:00。
 確認画面が出たのでもう一度ボタンを押す。これで確実に四時間後、北斗の拳のテーマソングが鳴っている。
 目覚ましかけたぞ、やかましいやつ。
 んん?
 俺の目覚まし五分ごとになるから、起きたらちゃんと解除して。やりかた分かるしょ。
 ん。
 なぁ。
 ん。
 もう眠いの?
 ん。
 寝るかい?

 最後の問いに返事はなかった。返ってくるのは規則正しい呼吸の音。首にぶつかってくるやわらかな吐息。
 いつもすぐ寝てしまうのでつまらないと文句を言ってくるが、寝つきがいいのはお互い様だ。
 しょうがないと笑って電話のふたをしめる。枕の向こう、畳の上に置く。
 空気にさらしていた腕が冷えてしまった。布団の外に出していたのはほんのわずかなのに。
 再び布団に戻した手を、腕を、彼女の背中にまわす。温まった肌を撫でると規則正しい呼吸がやんだ。
 そこでまた名を呼ばれる。
 あれ起きてるの? と聞いてみた。
 けれど何も言ってこない。かわりにころんと寝返りをうたれ、背中を向けられてしまう。
 何だよ、とこぼしても返事はない。それでも頭が二度三度と動く。あごの先をぐっと腕におしつけられ、背中をすり付けてぴったり密着しては足をからめてくる。
 それで心地よくなったのだろう。
 動かなくなった。

 なぁなんか俺、喉痛い。この部屋かなり乾燥してるんでないかな。
 そう呟いてみたものの、彼女の耳には入っていない。もう別の世界にいってしまっている。規則正しい呼吸は聞こえてこない。腕にぶつかる息も感じない。けれどきっとそう。
 目前に髪の毛がある。うなじと背中が白く浮きあがっている。
 その向こうに、ポットや湯のみが置いてある座卓。さらに向こうには小さなテレビ。暗いのに輪郭ははっきりだ。
 左腕を渡してあるので身動きがとれない。背中を向かれてしまってから居場所に困っていた右手を移してみる。彼女の両手は、そのからだの向こうに落ちていた。
 眠くはない。
 それでも、目をとじたら呆気なく夢の中へ入っていけそうな気がする。
 目前の髪の毛が、鼻や頬を撫でているからくすぐったい。彼女の頭は温まって甘い匂い。
 こいつ、一発でちゃんと起きるんかな。そう思いながら目をとじる。
 あと四時間後には北斗の拳のテーマソングが鳴っている。

 (終)
  
 「暗く、乾いた部屋」
  2004/02/12 

copyright(C) ODAGIRI SUNAO
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